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2009/11/15 学会最終日。午後はまたもや高雄市内観光へ。夜は晩餐会。 [学会]

8:00 いよいよ最終日となった。本日はO大のS先生が、橈骨のMIPOネタで発表するということだったので聞きにきた。朝一番のセッションの2番目だった。内容は以前SM先生が国内の学会で発表したものでもありすでに理解はできていた。なかなか堂々とした発表だったように思う。現在の若手は英語のアレルギーは昔よりないのかも知れない。今後も自由に活発に討論に参加できるようになってもらいたいものである。
8:45 S先生とともに部屋を抜け出した。彼らは本日帰国するため、ぼちぼちと帰る準備をしなければ間に合わないとのこと。最後の挨拶を交わすため一緒に出てきたわけである。SM先生も後からやってきて会場前で記念撮影を行った。彼らとの行動はなかなか面白く良い交流が出来たと思う。
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9:00 タイのSomsack先生による、BPIの治療戦略についての講演を聞いてみた。この先生はDr.Tuと一緒に新しい神経移植を開発した有名な方であり、こちらに来てから良く名前を聞くようになっていた。上位型のBPIに対しては、Spinal accessory nerveをsupra scapuralis nerveへ、To Triceps long headnerveをaxillary nerveへ(C5のみ引き抜きの場合)、C5・C6の引き抜きの場合は、それに加えてOberlin法を行うとされていた。さらに、全型引き抜きの場合は、Spinal accessory nerveをsupra scapuralis nerveへ、Phrenic nerveをmusculocutaneousのbiceps brunchへ、対側のC7をmedian nerveへ移行する(但し、若い患者や受傷から早期の症例に限るとしていた)。非常に難易度の高い手術と思われた。筋肉移植については多くを語ってはいなかった。
9:30 台湾の林先生による(顔を見たことがある)手の先天奇形の遺伝学的解析という難解な内容だったので、途中で抜け出してしまった。小柄で大人しげな先生ではあった。
9:45 休憩時間を取る。大阪のT先生、Y先生も一緒になった。この時間帯のセッションは早めに終了してしまったのだそうだ。軽食を取りつつ話していると、先生方も病院を見学してみたいということだったので、私が病院内を案内してあげた。たいがいは病院設備の新しさや規模の大きさなどに感激するようだ。また地下には結構広いフードコートがあるのだがその大きさにも驚いて記念写真を撮ったりしている。みなそれぞれが台湾のパワーというものをこの病院や学会から少なからず感じていったのに違いない。
10:30 最後のセッションに参加することにした。肩・肘外傷についてであった。日本から大阪の方の先生がBado typeⅢの小児Montegia骨折について発表しておられた。側方転位のこのtypeは見逃されることもあり注意が必要である。陳旧性となってから発見されることもあるので初診時には十分に注意して診断をつけなければならない。その他には、肘関節外傷性不安定症(後外側回旋不安定性)に対する新しい側副靱帯再建術についてであった。これは輪状靭帯を通して行うものであったがイマイチ理解できなかった。次に肘部管症候群に対する皮下前方移行術における円回内筋筋膜によるfascial flapの説明がされた。しかし、個人的にはここまでしなくても一般的には問題になることはないように思った。
その他、Birth palsyによる肩関節機能の再建について、ガンガホスピタルの先生が発表していた。写真や動画を見る限りなかなか良好な成績であったように思った。日本では殆どお目にかからない障害である。再びガンガホスピタルのDrに会った。12月の再開を誓って別れた。
11:45 Closing ceremonyが大ホールで行われた。Dr.Tuの挨拶に続いて、広島のI先生(Tajima memorial lectureで招待された)が一言をということになった。先生は日本の名曲さくらをアカペラで熱唱された。聴衆から手拍子が沸き起こり大喝采となった。台湾高雄のもてなしの素晴らしさを日本の観光名物さくらに例えておられた。今までにこのようなもてなしの良い学会はなかったと締めくくっておられた。最後にDr.Tuと抱き合って終了となる。閉会となり、ぞろぞろと参加者が戻っていった。Tu先生のお母さんが席に座っておられたので、一緒に先生の所に歩み寄った。最後に記念撮影を行った。幼少時はスパルタ教育に近いような感じだったそうである。いわゆる英才教育だったのだろうか?今では自慢の息子と思われる。長いようであっと言う間に過ぎてしまった研修と学会期間であった。Dr.Tuは休む間もなく、今晩より中国に出張手術などに出かけるとのことである。最後に数々のおもてなしに対してお礼を言って別れた。また来年1月に戻ってきますということで。本当にいい先生だった。
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12:30 ドミトリーに戻って着替えをする。今日は天気が良く半袖でも大丈夫なくらいだ。午後はLillyがまた市内観光に連れて行ってくれるということになっていた。
13:00 彼女が車でドミトリー前まで迎えに来てくれた。しかし彼女は実に世話好きだ。プライベートはどうしているのだろうか?まずは地元で評判のお店に連れて行ってくれるそうだ。そこで昼食を摂ることになる。高雄市内を目指して走る。この2週足らずで、結構英語で話す機会が多かったせいか、心なしか英会話力が向上してきているような感じがした。ドイツでは一人旅が多かったせいもあり、あまり積極的に話かけることは少なかったように思う。英会話力は実地訓練に限る。下手でも使っていかねばならない。そんな下手な私の英語にも応えてくれるので(彼女もそこまで上手ではないし)、気楽に話せる。毎日は大変だが、時にはこのような話相手がいると異国の地での生活も面白くなる。
13:30 愛の河付近の定食屋のような所に入る。結構込んでいる。地元では有名なお店のようだ。彼女がセレクトして注文してくれた。豚肉のチャーシューのようなものがご飯の上にのって、あんかけ様のタレがかかっている。結構旨い。それに加えてチマキのようなものもオーダーしてくれた。台湾名物料理のようでこちらも美味しかった。一人ではなかなかここまでの情報を収集することはできないだろう。結構、満足。
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14:45 Lillyの友人で、ショットバーの雇われオーナーのMelodyと落ち合うことになった。彼女は日中Lillyと同じような病院プロパーをしていて、夜は店に出ているという。どこまで働くのだろうか?年齢は40とのこと。年よりも若く見えるか?これから3人でドライブに行くことになる(スケジュールは全てLilly任せ)。
15:00 比較的混雑した路地を通り抜け、中山大学のキャンパス内に入る。ここは有名な大学である一方、観光スポットにもなっている。またキャンパス内に海水浴場もあるそうだ。連日カップルなどで賑わっているとのこと。海沿いの道路を軽快な運転で走り抜け、目的地のカフェレストランに到着。海沿いの洒落たところだ。最近は日差しがそれ程強くないので気持ち良い。それぞれがオーダーし(私は卵入りの蜂蜜、オレンジジュースみたいなものを頼んでみた)、ゆっくり時間を過ごす。
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2人で何やらおしゃべりしている一方で私は、気にしなくていいよと言って、チェアでゆっくりボーっとしていた。この2週間の疲れを取るかのように、若干居眠りもしていたようだ。
16:50 かなりのんびりしたようだ。私はこの後用事があったので、そろそろ帰りましょうと促した。道はやはり若干渋滞気味だった。車でこのように街中を走ってくれると、街の色々な側面も垣間見ることができて実に楽しい。現地に溶け込めそうな勢いだ。
17:30 Splender Hotelに到着。彼女たちと別れた。またの再開を約束した。何とも世話好きな人たちだった。独りでいるよりははるかに面白い体験が出来たと思う。有難う。
18:00 大阪の先生達との待ち合わせが1時間遅くなってしまったので、ホテルや近辺をぶらぶらと歩いて時間を潰した。
19:00 T先生とY先生が現れた。一緒にY教授と台湾の周教授が来るのを待つことにした。5分後にY教授が現れ、周先生は15分くらい遅れるとのこと。ホテル1階のロビーで待つことになった。何故このような組み合わせになったかというと、始めはT先生・Y先生と3人で食事にという話が、Y教授と周教授が食事するから一緒に来ないか?とT先生達が誘われ、私も一緒になったという訳である。このようなサプライズもあるが、色々な繋がりができて楽しい。
19:20 周教授(以前Y教授が現役教授時代に大学院に留学し学位を取ったそう)自らお出迎えしてくれる。車でデパートの中華料理屋に連れて行ってくれた。そこには周先生(成功大学骨科)の大学の容姿端麗な形成外科の女医さんもおられて我々を温かく迎えてくれる。
19:40 コース料理が振る舞われた。次々に美味しい料理が出てくる。ここの料理は周教授お薦めの所だけあって、かなり美味しかった。また、教授は日本語もだいたい話せて気さくで実に腰が低いので親しみやすかった。Y教授も独特の雰囲気を醸し出しておられた。
21:20 最後に記念撮影をして終了となった。私がまた来年1月に戻ってくるということが解ると、また是非飲みましょうということになった。名刺も頂いた。また良い経験をさせてもらったように思う。
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22:00 ホテルからタクシーでドミトリーに戻った。今日も多少酔ってはいるが、時間的には比較的早かったかも知れない。しかし連日の宴会。体重の増加が気になってしまう。。。

2009/11/14 体調も回復した学会2日目、学会主催バンケットにも参加 [学会]

7:55 学会会場に到着する。途中でDr.Tuのお母さんと一緒になった。一緒に暫く歩いて中に入って行った。お母さんは毎日聞きに来ているのだろうか?それにしても奥さんの姿は見られないが・・・。と余計なことを考えたりする。
8:00 大阪のY教授がmoderatorの外傷・マイクロの講演(2題)に参加する。本日の体調はばっちりに回復してくれていた。インドネシアからの発表は、スラバヤというインドネシア第2の都市にある自分の病院での手部外傷の経験というタイトルで、かなり激しい症例が呈示されていた。しかし、再接着の成功率では、クリーンカットでも80%弱、挫滅創では60%弱と言うデータが出ていた。これに対して、Y先生が質問を入れていたが、通常再接着の適応の少ないような症例も混ざっているので低いのかも知れないというようなことを述べていた。最後に、先生はまだ若いから今後はこの成功率が上がるでしょうか?とY先生が尋ね、そうなるように努力しますという締めくくりとなった。
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続いては、林口CG記念病院の先生が、toe-toe transferについて講演された。これも日本ではまずお目にかかることは少なくなった手術である。非常にsevereな手部外傷症例に対して、二期的に足趾からの移植を行い、ピンチ機能などを獲得するというものだ。この手術は犠牲もある訳でそれなりのリスクを覚悟して臨まねばならない。移植された足趾はどうしても屈曲拘縮を起こしがちになるので、術後はPIP関節を伸展位に保持(2週ほどK-wireで仮固定を行うとのこと)することなど、コツやピットフォールなども交えて話してくれた。日本でお目にかかることは少ないが勉強になった。
9:00メインホールで行われるAlex.Shinの講演を聞きに行くために会場を移動した。
Carpal instabilityについての最近のup dateを話された。Mayo clinicはこの手の研究は以前から盛んにされているいわば得意分野かも知れない。意外と日常診療において、そこまで困った人を診察する機会はそれほど多くはないようにも思う。しかし、原因が解らず放置されていた症例の中にはこのcarpal instabilityが潜んでいる可能性は少なからずある。学問的には面白い分野なのかも知れないと思った。Alexはnativeなので当然英語の発音がとても良い。しかもゆっくり話してくれるのでとても聞き取り易い。Scapho-lunate instabilityについても詳しく述べている。軽傷であれば(grade 1)、K-wire pinningやdorsal capsule desisを行うとのこと。更にgradeがあがっていくとtenodesisを行い、grade 5になるとintercarpal fusionが必要と述べている。実にクリアカットに説明してくれる先生だ。4 corner fusionでは独特のplateを使用していた。また、Luno-Triquetroum instabilityの概念の説明もあった。一般的には馴染みの薄い外傷であるが、見過ごされたりすることもあるので注意が必要であると述べられていた。いくら頻度は少ないと言っても解剖学的にしっかりと病態を把握しておくということは重要である。最後のまとめとして、診断の重要性、治療のoption、controversies、文献や経験に基づいた推奨される方法を選択すべきであるとしていた。
9:30 続いて、Christopher Oberleinが腕神経叢損傷の治療方針について話された。先日、林口で開かれたBPIセミナーでも似た内容を話していたが、再度聞くことにより理解が深まったと思われる。殆どの腕神経叢損傷は、以下のtypeとして説明できるとのこと。即ち、Complete type(seratus anterior + or -)、Upper arm type(C5・C6 clinical palsy、C5・C6・C7)、C8・Th1とのこと。これらに対してそれぞれ治療方法を選択することとなる。また、Complete palsyはできるだけ早く手術をした方が成績は良いと述べていた。この先生はshoulderもwristも基本的には固定する方針だと言っていた。また、C5・C6 palsyでは、肩の機能再建はSomsack methodを用いて(intercostal nerve→axillary、spinal accesory→suprascapularis)、肘の機能再建は、ulnar→Biceps、median→Brachialisにて神経移植を行うとのこと。Oberlin先生は筋肉移植ではなく、神経移植で解決しようとしている印象を受けた。
10:00 tea breakとなり、地下の軽食会場に降りて行くと、Y教授や聖マのB先生がおられた。簡単に挨拶させてもらった。軽食はパンやケーキ類だった。味はまずまず。飲み物は、紅茶、緑茶と書いてあるが、紅茶は普通の甘い紅茶、緑茶はあまり甘くないウーロン茶のようなもの(緑ではなく茶色)で、西洋人は読めないので若干困っていた。
10:30 再び、大ホールではAlex Shinの講演が始まった。内容は、血管柄付き骨移植の最近の話題であった。Zaidembergの方法、その有用性についての説明がなされた。多くの臨床家がこの追試を行い概ね良好な成績(骨癒合率100%)を発表している中で、不良成績(骨癒合率27%、60%)を報告している論文も見られた。Mayoでは、48例中34例ということで、そこまで良好な成績ではなかった。この結果を踏まえて、大腿骨内顆の血管柄付き遊離骨移植を行い始めた経緯を話されていた。これは、superficial femoral arteryの系のsuperiomedial genicular arteryを遊離で採取し用いる方法である。手技的には煩雑になるが、血流の良い良質な骨が十分採取出来るという点では優れていると思われた。特に舟状骨近位端の偽関節には有用であると述べておられた。
11:00 ここから日本人教授の講演が2つ続く。始めにcarpal instabilityについて述べていた。しかし、先ほどAlex Shinも話していた内容だったし特に新しいこともない。しかも、原稿を棒読みするそのプレゼンは、日本人独特の発音ということもあり、内容は良いかも知れないがお世辞にも聞き取り易いとは言えない。また、途中でビデオ上演の際に、コントローラーのボタンを誤って押してしまい止まってしまうというトラブルが起きた。I’m sorryと繰り返され、臨機応変さがなく設備担当の方々が行っている復旧を見守るばかりであり、可愛そうな感じであった。ここの座長でもある訳だから、先の演題に進むとか、何か機転の利いたアドリブで乗り切れば聴衆の方々も退屈しなかったのに・・・とか思ってしまった。何となく見てはおれなくなってしまったので会場を出て外をぶらついてしまった。
11:40 ポスターなどを見て戻ってくると、次の演者の先生によるDISI変形の整復などについての講演がちょうど始まった所だった。また、残念ながら原稿棒読みの日本人独特の英語でのプレゼンであったため、内容が良かったとしても聴衆の受けるimpressionはあまり良くないのではと思われた。2人の講演を聞いて、日本人医師全体の英語力向上が今後非常に重要になってくると思った。自分ももっと頑張らねばと奮起を誓った次第である。
12:00 Lancyon symposiumが別会場で開かれた。今日はマイクロネイルについての内容だった。今日はランチボックスの中身はだいたい食べることができた(昨日はしんどかった・・)。台湾ではまだ本格的には販売になっていなかったらしく、近日解禁となるというようなことを言っていた。その売り込みのためだろうと思われる。正直目新しい内容はなかったように思う。
13:00 BPIシンポジウムが大ホールで行われた。今までであればこのようなトピックに参加するということはまず考えられなかったが、Dr.Tuの所で症例を何例か見せてもらい、教授の人柄も相まって、知識が少し深まり興味が持てるようになってきた。外傷の中でも最も治療が難しいとされている分野である。まずは、Dr.Tuが完全型BPIに対する機能的筋肉移植(modified Doi method)についてお話された。これは先日のBPIセミナーでも述べられていたことであるが、非常に画期的で今までにない良好な成績が得られることが示された。素人の私でもその術式の素晴らしさに関しては理解できた。ポイントは、肩・上腕機能の再建をSomsack methodで行い、肘・手指機能を遊離筋肉移植(薄筋と内転筋を同時に一つの血管茎で挙上するというアイディアである。Doi methodでは、2回3回と手術回数があるのに対し、これでは1回で済む。画期的な方法であるが、それゆえにテクニカルには難易度が高いと思われる。
13:20 アメリカのLim先生とかいう方が神経のウルトラマイクロサージャリーについて講演された。筋肉断裂で筋肉をつなぐ場合に、筋肉内の神経縫合を行った方が筋再生にも有利であるということを病理組織学的に証明されていた。筋肉内の神経ということはかなり細径であるのでウルトラマイクロサージャリーなのだそうだが、何mm以下からウルトラというのかについての質問には明確な回答はなかった。
13:40 続けて、中国のXu先生による、BPIに対する、contra C7 transferについての説明がなされた。今回の訪台でこの概念を始めて知った訳であるが、その発想には驚かされた。正常側のC7を患側に移行しようというものだから。。。解剖の図を見ると確かにC7が一番犠牲の少ないrootであることは理解できる。しかし、だからと言って正常側を利用しようという発想に至るのだろうか?それを利用しようと考えた開発者のアイディアには本当にびっくりしてしまう。
14:00 次はRadial nerve triceps branch for nerve transfer in BPIという内容でタイのSanapanich先生が講演される。Oberlin法のように神経部分移植を行ったものである。
14:30 休憩時間。O大のS先生と一緒になったので、病院の方を案内することとした。SM先生は体調があまり良くないらしく、今日は昼過ぎにやってくるとのことだった。自分は1週間以上ここに滞在していたので、色々とさも知ったげに説明して回った。やはり日本の病院とは違うシステムやその規模に驚いていた。しかし、規模だけで言えば、林口CG病院の方が断然大きいが、あちらは巨大すぎるので何となく雑然としており(建物が古いということもある)、統一性、アットホームさはないように思う。
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15:00 Wrist and Hand Fracture symposiumに参加した。1つ目の演題は、指関節の関節内骨折についての内容だった。牽引機能を伴った創外固定を使用する方法や掌側骨片をvolar plateを移動させる方法など代表症例を呈示しながら説明してくれた。2つ目は、頻度としてはそれ程高くはない、尺骨鈎状突起骨折に対する治療についてであった。一般的なReegan分類から始まり、側副靱帯の処置の方法などについても言及していた。最後に中国の同種手の移植についての発表があったようだが、途中から会場を後にした。日本ではいまだ法的に実現は不可能なのであるが、好奇心からみておきたいという気持ちはあったのだが、大ホールへと移動してしまった。
16:00 アメリカのJupitar先生による、外傷後の橈骨遠位端骨折変形治癒についての講演だった。豊富な臨床症例に裏打ちされた理論と実践により、多くの難治症例を治療されておられた。橈骨の矯正骨切りの方法についても症例によって、rocking osteotomy、imcomplete osteotomy、complete osteotomyと使い分けることなどを説明されていた。最近は以前よりもこのような変形治癒症例に遭遇することも少なくなってきたように思う。適切な初期治療がなされてきているためと思われる。
16:30 MIPO・Trauma symposiumが行われた。このsymposiumでO大のSM先生がinvited speakerで口演されるのだ。私と同世代のSM先生の雄姿を是非拝見しておきたかった。1つ目は、E-DA病院のDr.Maによる、上腕骨近位、骨幹部骨折に対するMIPO法についてであった。Ma先生と手術に入る機会があったが、先生は外傷に関してはかなり経験豊富で手術も的確であり実に無駄がなかった。髄内釘でも対応可能な症例もあるかも知れないが、そのポイントは良く理解できた。やはりあまり経験のない者が危惧するところは神経障害であるが、解剖学的なことを理解していればそれ程恐れることもないということが解った。上腕骨頭近位先端から約6cm遠位に腋窩神経が横行しているということは理解しておかねばならない。続いて、SM先生が上肢におけるMIPO法について述べておられた。Im先生を中心としたO大上肢外傷グループの総決算的な内容でとても解りやすかった。しかもSM先生のプレゼンはとても上手で英語の発音もスムースであり、さすが帰国子女と思わせる程だった。現在マイクロサージャリーが停滞している今、日本の誇るべき分野の一つではないかと思われた。今後も引き続きご活躍頂きたいと思っております。3つ目は、橈骨遠位端骨折のMIPOについての内容であったが、SM先生の分野ともかぶることもありそれ程印象には残らなかったように思う。最後は、再びJupitar先生の講演でmutilated handのmanagementという内容だった。MIPOとは違うがTraumaということで内容に挙げたのではないかと思われた。激しい症例の再建が呈示されている中で、Hand Injury Severity Scoringなるものを述べていたが、これは受傷後救急搬送された時点での損傷状態を点数化し治療方針(切断なども含めて)や予後予測に役立てようというものである。下肢外傷でも同様の概念があるわけであるが、特に手に関しては切断に至ると機能障害が強いだけにできるだけ避けたいことである。その分野を扱う以上は、医療者側の技術が足りないということはあってはならない訳であり、その研鑽を生涯怠ってはならないのであると考えさせられた。
18:00 本日の内容が終了となり、そのままSplender hotelで開催されるTaiwanese Banquet Nightに向かうため、シャトルバスに乗った。O大のSM先生、S先生とともに移動した。市内は混雑しており、約45分もかかってしまった。
19:00 学会のイベントの一つである合同晩餐会会場に出向く。かなり広い会場内にはたくさんのテーブルが並べられている。学会サイドである程度指定されたテーブル席と当日参加者用のファジーなテーブル席など、またセクション毎(病院事務、看護婦など)にも別れていた。私はDr.Tuの計らいで、日本人のVIP(教授クラスの錚々たるメンバーの中に紛れ込んでいた。またinvited speakerであるSM先生も一緒となった。他にシンガポールの先生も2人座っておられた(おそらくinvited speakerか誰かだろうと思う)。幸い、Y教授が隣に座ってくれ話題には事欠かなかった。隣の筑波のO先生とも色々と話す機会があり、有意義な食事会となった。途中、容姿端麗の美女集団による演奏が行われ、観客の視線を釘付けにしていた。
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Dr.Tuは各テーブル一つ一つを挨拶して回っていた。非常に人の良い先生である。これで頭脳明晰、手術も抜群というのであるからたまらない。凡人には敵わない存在であるがその姿勢は学ぶべきものがある。
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20:00 私も他のテーブルに挨拶して回った。お世話になったE-DA hospitalの面々や大阪のG先生T先生グループ、O大Im先生グループ、また、以前東京の骨折治療学会の時に一緒に飲んだことのあるTm先生(当時は聖隷、現在は亀田勤務)などとも挨拶を交わす。
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その他、超大御所達の座るテーブルにおられたD先生、I先生、M先生、B先生にも挨拶することとなった。名の知られていない一勤務医にしては大それた行動であったかも知れない。
21:00 晩餐会はお開きとなり、Dr.Tuを始め病院関係者が出口でお出迎えをしてくれていた。何から何まで気を使っておられた。その後は、Im先生、大阪のT先生、Y先生、そして一人でこの学会に参加していたTm先生らとともに、近くのワインバー(私が案内することにしていたが結局場所が解らずホテルに戻ってくるという始末・・・)に向かったが解らず、ホテルのバーで飲むことになった。
22:30 何故か病院のproperであるLillyが迎えにきてくれることになり、Tm先生とともに次のバーに向かうこととなる。その前に彼女が港近くの観光スポットにも寄ってくれた。23:00 そのバーにはルーマニアからの留学生(林口CG病院)もいた。今まで日本人の留学生も一緒だったらしいがもう帰ってしまったとのこと。しかし何故か変な組み合わせで飲むこととなってしまった。彼は日本にも留学経験があるので少し日本語を話すことができた。34歳独身。女の子をどうも口説いたりしている様子だった。
24:00 さすがに明日もあるのでお開きとなり、ドミトリーに戻った。

2009/11/13 体調不良だった8th APFSSH初日(発表当日) [学会]

7:10 目覚ましもかけず、コンタクトもつけたまま寝てしまっていたが、奇跡的に目覚めた。かなり体調は良くない(二日酔い・・・)。風呂に入り、スーツに着替えて準備をする。
7:50 会場に向かう。8時から朝の口演が始まるので何とか間に合っている。受付などには今や顔見知りとなった事務の人や、手術室のMr.Shinなどもいる。学会前に病院研修をさせてもらって本当に良かったと思う。多くの知り合いができた。
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8:30 若干気持ち悪さを感じながらもスライドの登録を行う。なぜか直接口演予定の会場に行くように言われたので、そこのPC担当の女性にUSBを渡した。後で気づいたのだが、ちゃんとメインホールの方にスライドプレビュー・登録会場が設けられていた。本来はそこで自分で登録しなくてはならなかったのだ。
9:00 残念ながら朝は体調不良もあり、口演内容はほとんど頭に入らなかった。。
10:00 暫くトイレで過ごすことになった。しかし朝食も食べていないので吐く物もない。
10:30 Tajima memorial lectureという記念講演では、広島のI名誉教授が講演を行っていた。自分とマイクロ手術との関わりなどについて講演されていた。古い写真やビデオ(良く保存されていたなと思う)を織り交ぜての講義だった。しかし、30年くらい前から様々な手術をしていたのだな~と感激。今となってはどのような心境なのであろうか?やはり、自分が過去にしてきた仕事や業績というものは誇りたくなるものなのであろうか?
11:30 続けて、同じ会場(大ホール)でオープニングセレモニーが行われた。一番はじめではなく、この時間に行うとところが、Dr.Tuの皆に参加してほしいという意気込みを感じる。たくさんの偉い方々がスピーチする中で、Dr.Tuの内容、話し方、アピールの仕方など、ユーモアも交えて最も拍手が多かった。政治家のようなカリスマ性を感じた。出来る人間は何をやってもできるのだということが良く解る。
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12:00 ランチョンシンポジウムに参加する。気分はいまだに優れないので、ジュースとお菓子類くらいしか口に出来なかった。内容は・・・、確か橈骨遠位端骨折について、Dr.Jupitarなどの大御所が3 clumn theoryなどの口演をしていたり、症例検討があったのだと記憶しているが。。。午後からの発表は大丈夫だろうか?
13:00 いよいよ午後のセッションが始まった。橈骨遠位端骨折を中心とした内容だった。何と9つの演題のうち6つが日本人というセッションだった。顔見知りの人も結構多かった。大阪のT先生が尺骨遠位端骨折の固定について、Im先生が橈骨遠位骨幹部粉砕骨折に対するMIPOについてそれぞれ発表されていた。Im先生の発表では口演を途中で打ち切られたにも関わらず、質問が結構あったのでかなり長くなってしまっていた。座長の仕切りが良くないのだと思われる。その次に台湾の発表があったのだが、なんと吸収性の橈骨遠位端骨折用プレートの治療成績を出していた。以前、香港SICOTの展示場で見つけたフィンランドのInionという企業の製品だった。後療法は、何と術後4週間の外固定!!これでは手術を行っている意味が薄れてしまう。またK-wireを用いてのピンニングを加えているものもあった。要するに強度にまだ問題があるのだろうと思われた。
14:30 20分程度遅れて自分の発表の番となった。休憩時間が30分あるとは言え明らかに座長の仕切り不足だ。原稿を読みながらの情けない発表だった。しかも演者の場所は暗いし、スライド進行コントローラーが解りにくく、手間取ってしまう。リハーサルをしなかったこともあり、時間配分が良くなかった。ビデオを流した分とかなりゆっくり話してしまった分で時間オーバーしてしまった。ラスト2枚を残して強制終了となってしまった。しかも質疑応答全くなし。。。何と言う対応。。。がっくりきてしまった。しかし変な質問で困ることもなかったということは良かったというべきなのだろうか?
15:00 殆ど休憩なく次のセッションが始まった。マイクロサージャリー・フラップの演題が並んでいた。日本からは唯一、大阪のG先生が積極的な再接着について講演された。G先生の施設は日本の中では症例数はかなり多い方だと思われる。さらにウルトラマイクロサージャリー技術を用いた指尖部再接着の成績は素晴らしい。しかし、症例数という点ではインドや台湾、インドネシアなどの施設の方が圧倒的に多い。技術では日本は負けていないが、症例数では負けてしまっている感が強い。これは日本の予防医学の賜物であるということは間違いがない。本来この点に関しては、悪いことではなく誇るべきところなのだ。
危険な作業、機械が減少すればそれだけ怪我も減る。いくら手術で上手に治したとは言っても、ならない方が当然その人のADLは高い訳だから。。。などと他の発表を聞きながら一人空想に耽っていた。最後の方は睡魔に若干負けてしまった。残念。
16:00 今日の口演は全て終了となり、これからお楽しみのサンセットクルーズに向かうことになっていた。しかし、外はあいにくの雨である。これまでずっと良い天気が続いていただけに何とも悔しい。Dr. Tuも結構がっくりきていると思うが。。。しかし、それ以上に自分の体調もあまり良くなかったので、このまま飲み会や偉い人に会うのは難しいと考えて、申し訳ないがキャンセルさせてもらった。
16:30 若干小雨がぱらつく中、そのままドミトリーに戻った。シャワーを浴びた後、そのままベッドで横になってしまった。後で聞いた話によると、クルーズは参加者が少なくはなってしまったが、予定通り行われたそうだ。しかし、その後の食事会場が急遽ホテルの方に変更となったとのこと。急なスケジュール変更はなかなか大変だっただろうと事務方の苦労を思った。

2009/11/12 病院見学と8thAPFSSH前夜祭 [学会]

7:05 病院7FでDr.Tuと待ち合わせをする。いったん医局に寄ってから向かったので5分ほど遅れてしまった。教授はすでに来ており、レントゲン写真などを見ていた。
7:20 今日の回診は人数がかなり少なくなっていることもあり、あっさりと終了してしまった。それでもしっかりと全員に顔を出して挨拶して回る所は素晴らしい。
7:40 医局に戻ると、フローラがやってきて朝食を持って来てくれた。それを机で頂く。今日は手術もないので比較的のんびりできる予定になっていた。
9:00 机で仕事をしながら過ごす。明日のプレゼンの最終checkや、足りなくなりそうになった名刺作成(コピーして両面に貼り付ける)をした。
10:00 昨日、林口から一緒に帰ってきたAlexander ShinとフィンランドからやってきたというSimo Vikkiという年配の先生がやって来た。Dr. Tuが彼らに自分を紹介してくれて挨拶する。二人ともかなり有名な先生なのだそうだ。二人を教授の部屋に招きいれ、お茶を飲みながら談笑している(何故か、私とフローラも同席している・・・)。
10:30 病院内施設を2人に案内するということなので、自分も付き合わせてもらうことになった。フローラも一緒だ。今までまだ訪れたことのなかった施設にも行くことが出来て新鮮だった。特にVIPルームは素晴らしかった(内視鏡下の減重手術に関しては世界各国から患者が来るので、国際センターのような場所も併設されてある)。
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エレベータや入口なども一般の場所とは別で区別されている。時に著名人や政界関係者なども入院することがあるそう。腕神経叢麻痺の患者も香港やタイなどから訪れることがあるとのこと。一通り見た後、手術室内にも案内される。いったん着替えて内部を見学。今日も普通に手術は行われていた(整形外科の予定手術件数は当然減らしてあるが)。大腿骨頸部骨折や大腿骨顆部骨折を若手の先生たちがしている。Dr. Simoはしきりにデジカメで写真を撮っていた。何でも近々自分のところの病院を改装(新築?)するとのことで、参考にしたいのだそうだった。Dr. Shinは終始リラックスしており、時にジョークも織り交ぜるかなりフレンドリーな先生である。
11:30 病院地下のフードコートを案内し、先生方にジュースを御馳走していた(全て教授持ち)。
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ここでDr.Tuは他の面会などがあり先に戻ってしまう。残された私が2人を医局まで案内することとなった。二人は何やら熱く専門的なことを話していた。それぞれの経験や知識を踏まえて議論している姿は勉強になる。このくらい地位がトップの人たちは考え方や姿勢というものも一流なのであろう。話も弾むが2人をエスコートしなくてはならないのでこの場を後にした。
12:00 医局で、Dr.WuやDr.Yieたちが待っており、ダウンタウンに近い食堂を案内してくれるということになっていた。高級レストランよりも地元の美味しい店をということになったようだ。名物の牛肉麵を食べに行くことになった。
12:40 先日、Lillyに案内してもらった蓮池譚に近い場所にそのお店はあった。店には一人女性が待ち受けていた(後で私を病院まで送り届けてくれるためにやって来たのだ)。早速Dr.Wuのお薦めの牛肉麺を頂く。
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VIP2人とも上手に箸を扱っている。さすがマイクロサージャンだ。Dr.Simoは時折中国語の単語で感想を言っている。なかなか勉強熱心だ。美味しかったが若干量が多かった。
13:40 ここで二人はホテルに戻る(その後、若干シティーツアーをしたのかも?)。私は、製薬会社の女性(名前を忘れてしまった)と一緒に病院まで戻った。彼女は英語が少ししか喋れないようだった。
14:00 病院に戻り、いったんドミトリーに帰ることにした。満腹で少し休みたくなったのだ。
15:30 着替えて医局に戻った。今晩はウェルカムパーティーが市内ホテルで開かれるので参加する予定だった。
16:00 暫く、机で仕事をしていると、Dr.Yieが寄ってきて、16:50にチーフレジデントと一緒に車でホテルまで行ってくれと言われた。何から何まで世話してくれる。Dr.Yieは特にこの学会の仕切屋みたいなポジションで、様々なことをオーガナイズしており、秘書のCrystalとともにDr.Tuの右腕となって働いている。
16:50 定時にチーフレジデント(Dr.許)が現れ、車(トヨタのカムリ)でSplendor hotelまで向かう。
17:30 ホテルに到着し、まずは学会のRegistrationを行った。そこに現在休職中のE-DA病院整形外科No.2のDr.干がおり挨拶した。何でもひどいテニス肘があるらしく2ヵ月くらいもう休んでいるとのこと・・・(何で?)。
18:00 会場前を暫く、うろうろとしているとAlexander Shinが現れた。このホテルに泊っており、先に会場にやってきたようだ。しかし、開始が18:30頃だということを知ると、私を誘ってくれてホテルのバーに行くことになった。ワインを飲みたいのだとか。。。何と二人っきりで飲むことになるという光栄を得た。Mayo clinicのことや、Dr.Tuとの親しい関係など興味深い内容を聞くことができた。大いに刺激になった。
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18:30 華々しくセレモニーが始まった。舞台ではジャズや踊り子さん達が楽しげに蠕いていた。ダンスはどうやら中近東や北アフリカのベリーダンスのような感じだったが。
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19:00 O大のSm先生や、済生会のIm先生など顔見知りが現れた。他にも日本から偉い先生方が多く来ているよう。食事をつまみながらしばし談笑していた。E-DA病院のレジデントの先生たちも何人かいたので一緒に喋っていた。フローラもしっかりいた。
20:00 徐々に参加者たちが減って行った。琉球のK教授や奈良のY先生が部屋で飲もうとSM先生とともに誘ってくれたので、お邪魔させてもらうこととなった。K教授の部屋で飲んだのだが、かなり広いカド部屋のゴージャスな所だった。Y先生持参の焼酎や、Sm先生がホテルに頼んで手配したシャンペン(彼はなかなか気が利く、話好きだし)などを飲んで行く。あとO大の若い先生や京都のK先生も加わって一緒に飲んだ。いわゆるビッグネームの人たちとこのように親交を深められるというのは良い機会だった。
21:30 かなり飲んでしまい、帰る時は足もとが若干覚束なくなっていた。。。

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