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2010/03/01 3月に突入。いよいよ残り2週間を切った! [平日]

6:45 1週間の始まりということで少し早めに到着する。Dr.許は既に到着している。彼の家は街中に近いから、車で来てももろもろ30分近くかかるだろうから、かなり早起きしているハズだ。レジデントは当たり前なのだが、最近の若い医者は忙しいのを好まなくなっているのが気がかりである。これは万国共通の現象のようだ。でもレジデントの時くらい忙しくなくてどうやって充分な経験を積むというのであろうか?要領良くというのがbaseにあるらしい。
7:00 今日は、教授の肌のツヤが一段と良いようだ。50過ぎにしては肌ツヤ良い方なのだが(頭のてっぺんは寂しくなっているけど)、今朝は上機嫌のよう。
7:30 回診中にその理由が判明した。私が教授の昔の友人の連絡先を調べ上げて(mailアドレスが解らなかったからクリニックに直接FAXを送ったりした)、その旧友からメールで連絡があったのだそうだ。6年間連絡が取れなかったそうで、かなり嬉しかったようだ。アメリカのMayo clinicで1年に渡り、行動を共にしていたそうで、兄弟のような関係だと言っていた。自分としてはそれ程大した仕事をした積りはないが、凄く良い仕事をしてくれたと大喜びだった。だから今日の手術は実に気分良く気合いが入ってできそうだと言っている。結構、単純な人でもある。
7:55 Op室で教授とともに朝食を取る(手術日はいつもの様にFloraが買ってきてくれる)。やはりその旧友との話で持ち切りだった。暫くはこのネタで引っ張れそうだ。
8:30 1例目は珍しくTKAを教授がされる。裏の列では、Dr.許がTHAを行うようだ。2人とも金持ちのVIP患者らしく、当然麻酔がかかる前に教授自らが挨拶して自分が執刀しているような気にさせている。久しぶりにTKAの手伝いをさせてもらうことにした。香川でY先生のTKAの手伝いで何回か入って以来だ。昔は、周南のM先生の人工関節や大学ではO隊長、Dr.Okのもとで執刀もまあまあしていたが、もう関わることもないだろうと思っていた。教授のTKAというものを一度見てみたかったので良い機会だった。
9:00 駆血はタニケットを用いずonにするだけ。Approachはmidvastusでpatellaのmarginにはretinaculumを付着させて(閉創時に縫い易くするため)関節内を展開する。アシストは当然Mr.シーとZimmerのベテラン(少し日本語も解る)が付き、実に連携良く無駄がない。迷いがないというのが、手術が早く進んでいく重要なポイントと思われる。このアシスタント達が教授のやり足りない部分を補うように上手くアシストしている。何も解っていないやる気のない研修医を付け、指示しながら(指示してもうまく動かなかったりする)するより、はるかに効果的だというのが実に良く分かる。可哀そうなことに教授の手術にはレジデントはあまり参加できていないというのが実情である。レジデント達の本音もいずれは聞いてみたいものだ。
9:20 インプラントはpatella非置換で、tibiaサイドはPS(PCL温存しない)type、またfemoralサイドとともにセメント固定である。セメントは教授自ら作っている間に、アシスタント達が洗浄したり余計な軟部組織を取ったりと短時間で済ませている。1時間もかからずに終了。
9:30 THAの方も大方終了しつつあった。インプラント会社の人間が手術に関われるという、日本では現在禁止されているこのシステムにより、これだけ効率の良い手術進行をサポートしているのである。ここのやり方は良いとは思うが、しかし日本では実現不可能なシステムなのだ。
10:00 片付けも相変わらず素早く、次の脊椎症例がスタンバッている。2例目からは、シンセスのベテランMr.レイが加わっている。彼らは手術の予定をみてしっかり行動している。現に、Mr.レイは1例目の最後の方では、ソファでPCをいじって何やら作業していた。私が現れたのを見ると、もう1例目のTKAは部屋を出たのか?と焦って聞いてくる。遅れてはならないという緊張感が彼らの中にはあるおだろう。それだけ教授の神通力が行き届いているということなのだ。
10:30 脊椎にもそのままの勢いで参加させてもらう。何となく出血が多かったが、教授は構わず続けている。早く終わらせることが出血を減らす手段の一つであることを理解しているのだ。4 segmentの後方固定をルーチンワークとして1時間15分で終了させる。もうこのペースにさほど驚かなくなってしまった。アシスタントが彼らなら自分でも2時間程度で終わらせられるような気になってしまう。アシスタントが彼らでなければどうなるか解らない。
11:30 裏の2例目のTHAの方も大方終了している。今日はいったん医局に上がってから、昨晩食べなかったおにぎりなどを食べることにしよう。早く食べないと痛んでしまうし。
12:00 医局の机でPCを開きつつ昼食をとる。昼からの1例目は、脊椎とTKAなのでいったん休憩にして、昼2例目から参加する積りだ。文献検索などをしておこう。
13:00 PubMedで論文作成のための文献検索をしていると、昨年はじめにJBJSに自分が載せた論文内容を支持するような内容の論文が幾つか発表されているのを見つける。自分のが世界に先駆けて発表出来たことに改めて良かったと思う。やってきたことが間違いではなかったと解ると、何となく嬉しいものであるし、次につながるパワーとなってくれる気がする。
14:30 Dr.許と先日一緒に撮った写真を交換したりしながら、次の手術の準備が終わるのを待つ。彼はすでにこの時間までにTHA2つとTKA1つを終わらせている。彼と記念写真をパチリ。
IMG_4983.jpg
15:00 脊椎の3例目を終わらせて教授がやってきた。次の手術は第5中手骨の骨腫瘍に対する切除+プレート固定である。Enchondromaと思われた。病的骨折を防ぐための手段でもある。何か所かscrew固定をやらしてもらう(ハンド用のドリルを使うのではなく、エアトームの先端にドリルをつけて行う。ペンシルホルダータイプなので持ち易いと思われた)。
16:30 隣の部屋で進んでいた脊椎手術をほぼ終わらせて教授がまたやってきた。今度はよその病院で受けた上腕骨近位端骨折のORIF後の変形癒合の症例で、hemishoulderarthroplasty(人工骨頭)の予定だ。変形癒合後はもとの解剖が解り難くなっているので、そのメルクマールを見つけるのがポイントである。前回皮切(deltopectral approach気味)を利用して展開する。電気メスでmuscle fiberをsplitして展開する。メルクマールのcephalic veinは解らなくなっていた。容易にplateとlooseningをおこしたscrewが露出し、全体を剥離していく。これらをまず抜去した後に骨切りを行っていく。通常であれば、ここでbicipital tendonが小結節と大結節を分ける重要なメルクマールとなるのだが、この症例は解らなくなってしまっている。しかし内側でsubscapurais muscleが付着している個所が小結節で、外側上方でsupraspinatusなどの腱板が付着しているのが大結節なので、その解剖を意識して全体像を把握した後に剥離を行い、これらを骨切りしていく。変形してしまった骨頭を切除し、これら腱付着部である大結節と小結節を分けていくのである。Bicipital groove付近から骨のみを持ちいて分ける。この際、小結節側の骨片を内側へ、大結節側の骨片を外側上方にretractしておく。ここでしっかりとこれらsubscap・supraspinatusの周囲との癒着を剥がしておくことも重要である。この分け入った間から不要な変形癒合した骨頭が覗いてくるので骨ノミやロンジュールで徐々に取り除いていくのである。Glenoid側は比較的きれいでlimbsはそのままにしておく(人工骨頭の求心位を保つため)。骨切りの場所がポイントであり、この位置によりステムをどこまで髄内に刺入すれば良いかが決まる。微調整は骨頭surfaceの厚みでもできるが、基本はこの位置とステムの深度だろう。加えて、骨頭は後捻(40°程度)しているため、その方向を意識してステムを挿入するべきである。位置決めを行った後(Mr.シーがしっかりと電気メスでその位置をマーキングしていた)、本物のインプラントを髄内に挿入した(セメント使用)。ここの施設はインプラント設置の際は、基本的にセメント使用としているようだ。セメントが固まってから骨頭のサイズ・深さ調整を行う。アシストにはZ社の彼が入っている。
17:30 骨頭を設置した後(off setのついたタイプを使用した)、始めに骨切りを行った大結節と小結節にK-pinで骨孔を開け、エチボンドを2ヵ所ずつ通しておく。設置したステムに付いているホールにこれらエチボンドをバランスよく均等に縫着していく(大結節はやや上方、小結節はやや下方に位置するという解剖学的位置も考慮)。更に、内側と外側のこれらエチボンド糸同士も縫合して解剖学的にほぼ再建された。更に、splitしていた腱板部分もバイクリルで縫合していく。これでかなり表面はsmoothに再現された。1つ1つがどれも有用な手技である。次から次へと手技をアシストする要領の良いZ社の彼と仲良くなった(少し日本語も解る)。
IMG_4984.jpg
18:20 途中、外来手術のケルバン腱鞘炎の手術をこなした後、麻酔がかかって待ち呆けているDRUJ背側亜脱臼症例に対するPL腱を用いた再建術を始める。小皮切で行うらしい。この手技も自分でmodifyして編み出してきたのだそうだ。背側には3ヵ所の小皮切が入る。尺骨遠位外側、DRUJ直上、リスター結節部である。外側から尺骨遠位の骨内を通し、DRUJ背側に至り、第4コンパートメント内では伸筋腱群の下(橈骨骨膜の直上)を通す。第3コンパートメントまできて、更にEPLの下を通し、リスター結節に骨孔を開けて第2コンパートメント側にいく。この経路を一直線上にsmoothにすることがポイントである。孔を開ける際は皮切が小さいので、cannulate typeのドリルで行った方がやり易そうだった。手技的には慣れないとこの皮切では少々難しいかも知れないが出来ないことはない。
19:00 これら骨孔作成までに少し時間がかかってしまう。やはり集中力もこの時間だから落ちてしまっていることもある。続けてPLの展開は横切開ではなく縦切開だった。いざという時は延長出来るからかも知れない。必要な長さ分のみ採取を行った。
19:40 更に、この採取したPL腱をこの骨孔に通す作業でも苦労する。あの手この手で行ったが、結局は一気に引き出そうとせず、1ヶ所ずつ徐々に行うのが良かったようだ。いつもならしていることなのかも知れないが、皆疲れが出てきているのか思考回路がぱっとしなくなっていた。
20:10ようやく終了となる。自分にとっては新しい手術術式であり新鮮で良かったが、教授はさすがに疲れが伺える。その中で、Mr.シーは疲れを知らない男である。
20:20 Dr.許が電話している。奥さんにしていたのだろう。まだあと1例残っていたが、教授の計らいで、チーフレジデントの彼は帰っても良いことになった。彼も今日は朝から執刀が続いていたから疲労はあるだろう。最後の手術は3人ですることになる。
20:30 次も同じ部屋だが、ものの見事にテキパキと仕事している。最後の手術が準備された。当初は、上位型BPI患者に対する肩機能再建でLD flaptransferを行う予定であったが、僧帽筋・三角筋の縫縮という簡便な手術術式に変更になってしまっていた。正直、これは手術時間の問題が影響していたことは否めない。最後にこの手の手術を組んでいると、疲れていたり、時間がなくなると術式が変わってしまうことも時に経験する。出来るだけ、無理な予定は組まない方が無難だろう。患者の身になってみれば、そんなことで手術術式が変わってしまうのではたまったものではないだろう。
21:30 本日、全ての手術が終了した。最後の手術は、一度同じ術式を見たことがあるのでだいたい解っていた。果たしてどれ程の効果があるのだろうか?ダメだったら、当初予定のLD flap transferをいずれ行うことになるのだろうか?などと意地悪く考えてしまったりもする。
22:00 教授とともに街に食事しに出かける。疲れているようだが、この仕事後のリラックスできる時間が幸せのようである。食事後は、また行きつけのマッサージの店に行こうということになった。支払いを考えなくて良いので気が楽である。もう遠慮はしないことにしている。相手をもてなすことが、教授の最大の楽しみのようでもある。
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